前原達也は小走りで、黒ずくめの男たちを追っていた。
いつ気が変わって、こちらに牙を剥くのか判らないからだ。
その場合には排除しなければならない。
「……最後の敵はやはり人間か」
達也は手に持つ自動小銃をギュッと握りしめた。
疾病センターの屋上から、彼らが無理やり開けた入り口まで続く階段には、外から侵入した不死者たちが多数たむろしている。
そんな中を彼らは銃撃を加えながら降りていく、中にはかつては仲間だった黒ずくめの男も居たが、彼らは躊躇せず銃撃していた。
前を行く男が荒ごなしに銃撃し、後ろにいた男が撃ち漏らしを片付ける銃撃をし、もう一人はマガジンの交換時に交代できるように控えていた。
典型的なスリーマンセルの戦闘行動だ。
”やはり、良く訓練を受けた特殊部隊だな、行動に無駄が無いな”
達也は関心しながら、彼らの行動を見守っていた。
1階に着いた時には、全員で横に展開してサイトから目を離さずに、1階にいた不死者に銃撃をシャワーのように放った。
”うわぁ、そんなに惜しみなく銃弾を使うと、後で弾不足で困るんじゃないかな”
達也は彼らの行動に不安を覚えたが、助けてやる義理も無いので、そのまま見守っていた。
「うがああああ!」
不意に横合いから黒ずくめの男が現れた、良く見ると首が半分千切れかかっている。
襲われた1人なのだろう、達也は一旦横に飛び退いて襲撃をかわし、自分の斧を振りかぶって頭にぶちこんだ。
「……ちゃんと死んでおけ!」
足で頭を踏んづけて、そのまま額から斧を抜き達也は毒づいた。
そんな騒動も気にならないのか、或は一度決めた事には未練が無いのか、黒ずくめの男たちは達也たちの方を一度も振り返らない。
そのまま、研究棟の爆破された出入り口から出ていった。
達也たちが出入り口まで来た時に、研究棟の外に不死者たちが続々と集結して来ているのが見えた。
”うわ、これは不味いな”
達也たちは研究棟の外まで追いかけるのを止めて、入り口にバリケードを作る事にした。
何しろパッと見で数百人はいると思われる、襲いかけられたら弾が持たない。
前田には男たちの行動の監視を命じて、自分たちは入り口付近にあった長椅子や机などを重ね出した。
友康から聞いていた、針金を張り巡らすのも忘れない、彼らは針金をかわす事が出来ないので足止めくらいにはなるそうだ。
宮前橋のバスでの出来事には笑ってしまったが、”あの橋を爆破したのは俺だ”と達也は告白していない。
ここに至るまでの道中で、友康のこれまでのサバイバル体験を聞いていたが、生き残るだけの事はあるなと達也は思っていた。
「自分は臆病なだけですよ……」と友康は言っていたが、臆病では無くて冷静なのだと片山隊長は言っていた。
何しろ冷静に観察して、彼らの弱点を見つけていたのは凄いなと思っていたのだ。
その友康は自衛隊の隊員と共に、研究棟内の不死者を始末する為に、研究棟の廊下を見て回っていた。
水鉄砲で不死者を怯ませ、隊員が斧で始末を付けている。
ここで下手に銃を使うと、不死者たちがこちらに関心を持ってしまう。
時々銃声が聞こえるが、恐らく走る不死者相手だろうと推測した。
「走る奴に漂白剤が効くか判らないですよ……」
友康は不安そうだが、”俺が付いてるから大丈夫”と隊員がなだめながら連れて行った。
今の所、駄目だったとの連絡が無いので有効だったのだろう。
時々銃撃音が聞こえるので、走る奴に遭遇してるっぽいが、助けを求める無線が入らないので大丈夫だと考える事にした。
一方、黒ずくめの男たちは、研究棟の外にいた不死者たちに、銃撃を加えながらトラックを目指していた。
もちろん減音器も付けていないので、派手な銃撃音が辺りに響き渡っていた。
不死者たちはその音に引き寄せられて、増々黒ずくめの男たちを取り囲んでいく。
男たちの撃つ弾は無駄なく、不死者の頭を吹き飛ばしているが、あまりにも数が多かった。
リーダーの男は手榴弾を4つほど直線状に投げた、トラックに至る道を開こうというのだろう。
投げた手榴弾は次々と爆発し、不死者が何人か吹き飛ばされて、細いが道が開けたようになった。
そこを男たちは無理やり駆け抜けていく、途中で一人が捕まってしまったが、残りの3人はトラックに辿り着いた。
「……あいつら、仲間を見殺しかよ。 相変わらず命の値段のやっすい国だな」
そんな様子を見ていた前田は呟いた。
捕まった男は、たちまち不死者たちの集団の中に埋もれてしまった。
不死者たちの叫び声に紛れ込んでしまったのだろうか、捕まった男の悲鳴は聞こえなかった。
「どうした?」
達也が不意に独り言を言い出した前田に尋ねた。
「連中は3人に減りました、一人はトラックの手前で食われてます、不死者がこちらではなくトラックに向かいだしてますね」
前田はトラックから目を離さずに、達也に状況を説明ている。
そんな前田の大声に反応したのか、一人の不死者が近づいてきた。
前田は慌てずに、友康から貰った小さい方の水鉄砲を向け、漂白剤をかけて追い払った。
漂白剤をかけられた不死者は呻き声を上げながら入り口から離れていく。
達也はそんな報告を聞きながら、バリケードの構築に余念が無い。
松畑隆二から聞いた話では、ここ以外の出入り口は鋼鉄の扉で守られているそうだ。
ここさえ守る事が出来れば、しばらくは安泰だろう。
やがて、黒ずくめの男たちは、自分たちが載って来たトラックに乗り込んで、そこから銃撃を続けながら走り出した。
「銃撃音で不死者を集めてしまう事に、気が付いてないっぽいな……」
前田はトラックが多数の不死者を引き連れて、敷地の外に走り去っていく所まで見届けた。
「奴ら、行っちまいましたよ」
前田は達也にそう告げた。