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終焉のコドク

自作小説です。 残酷な描写もしますので苦手な方はスルーするのをお勧めします。

第1話 平穏のささやき

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第1話 平穏のささやき

 遠くの方から霧笛のような音が聞こえる。
栗橋友康はベッドの蒲団の中で、もぞもぞと動いた。
 そして、睡眠不足で上手く覚醒しない頭を動かし、枕元の時計を見て”まだ4時じゃねえかよ”とつぶやいた。
38時間連続でネットゲームをしていて、眠りについたのは2時間程前だ。
それだけ熱中していても、ゲーム内の友康のアバターは強くなかった。
敵を倒すより、ゲーム内をウロウロして、情報を集める事に専念しているのだ。
友康はアバターを強くするより、誰も知らないような情報にアクセスするのを好んだ。
そして、それをネット掲示板で自慢するのが生き甲斐なのだ。
『……うっせえな』
友康は、頭をかきむしりながら起き上ると、部屋の窓辺の方に歩みよった。
カーテンの隙間から外を見ると、日の出の時間まで、まだ間があるらしく、外はまだまだ暗い。
街路樹の間に見える街灯も、自身が立っている地面を照らし返すだけだった。
カーテンを引き窓を開けてみると、聞こえていたのは霧笛ではなく、金管楽器をでたらめに吹いているような音だ。
「……なにそれ」
身体を乗り出して外を見廻してみたが、暗い空間が広がるばかりで、不愉快な音の正体に繋がる手がかりは、見つからなかった。
『……しっかし下手くそなトランペットだな……をい』
自宅の周りには、起きている者も動く者もいない、住宅街はシンと静まり返っている。
 ”誰もこの騒音に気が付かないのだろうか?”と、友康は不思議に思った。
 夜の街を眺めているのは、どうやら友康だけのようだ。
そしてその音は、闇夜全体が震えるような金属音を響かせ、暗い住宅街に浸透していくようだった。
 しばらく夜空を眺めていたが諦めがついたのか、寒さに身をぶるっと震わせた。
『もういいや、寝てしまえ』
あと数時間もしたら朝が来て、すでに日課になっている、”たまには部屋の外に出なさい”との母親の説教が待っている。
毎日毎日飽きないものだ。
息子の顔を見ると説教したがるのは母親の習性なのだろうか?
 それまでは、例え数時間でも惰眠を貪る、心にそう決めた友康は布団の中に潜り込み頭からかぶった。


 平日の朝の通勤ラッシュ、満員状態の乗客の中に大串はいた。
大串は海外出張から先日帰国したばかりだった。
 しかし出張先で、運悪くかかってしまった、風邪の症状がまるで治まらない。
昨日まで微熱だったのに、時間の経過と供に上がってきている感じだし、なんといっても体中の関節が痛い。
『風邪じゃなくて、インフルエンザみたいだな、流行ってる言ってたし……』
インフルエンザが流行ってるせいか、周りもマスクをして咳き込んでいる乗客もチラホラと見かける。
出がけに風邪薬を飲んで来てはいるが、熱が収まる気配が無い。
『あぁぁ……不味いな……朝から会議があるのに……』
そんな事を考えていると、不意に電車内の風景が回転し始めた。
『えぇぇ! 事故!?』
目をつぶり、にぎり棒に縋り付き、必死に耐えようとする大串。
うっすらと、目を開けると周りの乗客たちは、平気な顔をしている。
電車の外に、目を向けると、車外の景色も普通に流れている。
『……ああ回転してるは俺かあ、熱ひどいもんなあ』
ホッとしたのも束の間、それまで止んでいた咳が酷くなり、やがて喉の奥が急に塞がれたかと思うと、大量の血液を吐き出し始めていた。
マスクを取る暇が無かったので、マスクをしたまま吐血してしまい、スーツにもその飛沫が跳ねて来ている。
床に広がっていく鮮血と、自身の体にも血が飛び散り、凄惨な事件現場のようになってしまった。
血塗れで尚且つ血だまりに佇む、冴えない中年男は、フラフラと前後に揺れている。
そんな、大串の様子に周りの乗客たちは、叫び声を上げながら遠退いていく。
 もはや、捕まって立っている事も出来ず、床に膝を付き、周りの乗客たちに、哀願するように目を向けながら
『……す、すいません、どなたか会社に遅れそうだと連絡お願いします。』
声が出ないのに、口をパクパクさせながら、大串の思考はそこで途切れた。


『○×線内で発生いたしました急病人搬出の為。この電車は当駅にてしばらく停車させて頂きます。お忙しい中……』
 電車の中で車掌のアナウンスを聞き流しながら、松畑隆二は手元の情報端末の操作に余念が無かった。
もうすぐ研究論文の発表会なのだ。
何としても、論文を仕上げて発表会に間に合わせ、自分のウィルス疾患の研究を認めさせる。
 そうすれば疾病センターの勤務医から、元の研究所に戻してもらえる。
自身の研究テーマである、ウィルス疾患の研究に使う検体を、自分で集めるため、博士号を取るついでに、医者の免許を取得したのだ。
 だが、隆二は血が苦手だった、出血している人を見ていると、血の気が引いてしまう。
しかし、人間関係の構築が苦手な隆二は、所属していた研究所の、下らない派閥闘争に巻き込まれてしまい。
関連機関である疾病センターの勤務医に、追いやられてしまっていた。
 何ともやるせないが、研究者と言えども人間集団であるので、派閥が出来てしまうのは仕方がない。
地味な研究成果より、声の大きい人が偉くなれるのだ。
 隆二としては研究が続けられれば、世界の最果てでも構わないのだが、やはり専門機材が揃っている、研究所の方が遙かに効率は良い。
疾病センターの片隅で、細々と研究を続けてはいるが、最先端の技術が無いのは行かんともしがたい。
 何よりも苦手な血を見なくて済むし、何でも直ぐに訴えると喚く、迷惑な患者もいない。
 自分でも、医者に向いてないのは、判っているだけに勤務医は苦痛だった。
それでも辞める訳には行かない、こんな自分でも必要とされていると、思っているからだ。
 満員電車の中では、そこかしこで咳をする音が聞こてくる。
今年のインフルエンザは、大流行する兆しが見えると、連日マスコミで話題になっていた。
『この研究を進めていれば、今のインフルエンザにも、少しはマシな対応が出来たのに……』
 自分がしているマスクを少し直して、手元の情報端末をいじりながら、隆二は独り言をつぶやいた。
 そして動かない電車にイライラしながら窓の外を見ると、救急車が赤いパトランプを光らせながら国道を疾走していた。


 東京国立疾病対策センター。
 けたたましいサイレンを鳴らしながら、救急車がまたも重症の患者を運んでくる。
 ここに来る患者は、他所の病院では手の施しようがなく、ここが最後の綱として搬送されてくる。
「……またか、ここのところインフルエンザに、似た症状の重篤な患者が増えているけど?」
廊下で繰り広げられている喧噪を見ながら、救急処置室担当医の大場と、ウィルス対策室長の古田が話し合っていた。
「でも患者の治験サンプルからは、インフルエンザウィルスは見つからないんだよ」
古田が困った顔で答える。
「まだマスコミには、騒いで欲しくないので、伏せてはいるんだけど、この新種のインフルエンザは、一度発症すると確実に死んでしまう。
しかも伝染性が異常に高く、有効な治療方法が、まだ見つかってはいないんだ」
大場は疲れた表情で続けて言った。
「唯一、確実なのは患者を発見しだい、隔離・保護することだ。そうすれば、他に感染が広がるのを、抑えることが出来る。
インフルエンザの症状に似ているけど、高熱を出した後に、全身が痙攣を起こして、やがて出血を起こして絶命してしまう」
大場は疲労が貯まっているのか、目頭を揉みながら説明している。
「エボラ出血熱みたいですね。」
古田が至極当然のように、エボラ熱の事を口にした、ウィルス研究者なら症状を聞けば、真っ先に思い至る病名だ。
「それも、真っ先に疑って調べてみたんだが、検体の中からは見つからない、もちろん他の出血熱も調べたんだが、既知のウィルスは見つかってはいないんだ」
大場は伝手を頼りに、あちこちに連絡してみたが、これと言った情報が得られなかった。
「WHO(世界保健機関)やCDC(アメリカ疾病管理予防センター)から情報はないんですか?」
今は電子メールで、瞬時に情報の伝達が為される、それでもこの病気の情報が見つからないらしい。
「もちろん早い段階で、問い合わせているんだが、あちこちの国で発生しているらしくて、なにも見つからないと言って来ている」
「世界中……ですか……もうパンデミック(汎発流行)ですね」
古田は、既に連絡が途絶した国もあるらしいと、噂を耳にしている。
「ああ、航空機の発達で、伝染病が伝播する速度は物凄く早い、しかもこの伝染病は致命的なんだが、我らが政府はまだ何もしてないんだがね」
大場が皮肉交じりに言った。
彼としては、国内のすべての交通網を、止めて欲しいと願っているのだ。
「対策会議を、いっぱい作ってやってるみたいですよ、役人たちは会議をやってると、仕事したつもりになれるんですよ」
古田が苦笑しながら、役人の体質を揶揄していた。
「会議で病気が治る訳ないのに……底抜けの馬鹿どもめ」
「危機を察知すると、地面に穴を掘って、隠れた気になっているダチョウみたいですね……」
2人とも政府の対策の遅さを、溜め息交じりに談笑していた。
 その2人の横の廊下を、小走りで駆け抜けて行く看護師たち、また急患が運び込まれたらしい。
その内の一人が咳をしているのを、2人は気が付かなかった。


 富士山の裾野に広がる陸上自衛隊の演習場。
 その片隅で塹壕を掘り下げながら、前原達也はぼやいていた。
「色々な免許を取得できると聞いてたんだがな…… やってることは穴掘りばかりだな。」
屈強な男集団の、厳しい訓練に明け暮れる毎日を想像していたのだが、実際にやっていることは草刈り・駆け足・アイロン掛け・靴磨きみたいな地味な事ばかり。
たまに今日みたいな戦闘訓練と称しての穴掘りだ。
「たまには鉄砲でも撃たしてくんないかな……」
 しかし『たまに撃つたまが無いのがたまにキズ』と揶揄されるように、予算の関係で末端の隊員に実弾を撃つ機会は、あまり与えられないのが、現在の自衛隊の実情だ。
 大規模な災害が起きると、真っ先に投入され、力仕事全般が任される。
その為の基礎体力作りが、自衛隊の主な仕事とされているような訓練だった。
「まあ飯は美味いし、腹一杯食わしてくれるから良いけどな」
手先が不器用で、取り立てて成績も良くなく、折からの就職難で達也は自衛隊に入隊していた。
 ここでさまざまな資格を取得して、次の仕事探しを有利にするためだ。
 母子家庭育ちで、まだ学生の妹たちもいる為、自分の道は自分で、切り開いていくしかない達也には、他に選択する余地はなかったのだ。
自衛隊なら衣食住が保障されている分、月々の懐具合に余裕が出来るので、母親へ仕送りをして助けてやれる。
 首筋を伝う汗を拭いながら、もうすぐ妹の誕生日の事を考えていた。
今年は何をプレゼントしてやろうかと、無邪気に喜ぶ妹の顔を、思い出しニヤケてしまった。
「そういえば春物のポーチが、欲しいって言ってたっけ……でも、俺が選ぶとセンスが悪いって怒るんだよなあ……」
 後でWAC(女性陸上自衛官)にアドバイスでも貰おう、達也は話しかけるきっかけが出来て嬉しそうだ。
 ふと空を見上げると一筋の飛行機雲が西へ延びいった。

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