自作小説です。 残酷な描写もしますので苦手な方はスルーするのをお勧めします。
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栗橋友康は、アーケード入り口の背丈程もあるバリケードの前に居る。
この商店街は、道の両側にある100店位の雑多な店をアーケードで覆っている、どこの都市にもある普通のアーケード街だ。
そんなアーケード街の一角を区切って、住人たちは籠城をしているらしい。
普段なら買い物客が行きかうのだが、今はバリケードで塞がれていて、付近に通行する人はいない。
バリケードは、自転車や自動車のタイヤや木箱などを、積み上げただけの簡易なものだった。
その入り口は、どこかの家の門を引きはがして持ってきたのだろう、木の引き戸になっている。
アーケードの屋根の部分には、保守点検用の渡り廊下があり、猟銃らしきもので武装している男が、見張りをしているのが見える。
また、商店の2階部分に相当する所に、喫茶店らしきものがあり、そこにも見張りの人がいた。
そのアーケード商店街の周りには、不死者はいなかった、普段なら2,3人くらい居るのに不思議に思った。
”そういえば、このアーケードを作った時に、時計仕掛けで人形が動くやつを作っていたっけ……”
友康はアーケード完成の時に、そんなアトラクションをやっていたのを思い出した。
シャッター商店街になるのを防ぐために、市の予算で客引き用のアトラクションを導入したのだ。
うろついている不死者は定期的に演奏される、その人形ショーの音楽に引き寄せられて、この辺にはいなくなったのだろうと推測した。
「すいませーん!」
友康はバリケードの入り口と思われる所で、戸をノックして声を掛けてみた。
しかし、人の気配はあるのだが、何も動きの気配が無い。
そこでもう少し大きい声で呼びかけてみた。
「何方かいらっしゃいますかあーッ?」
するとバリケードの上から、若い男がひょいと顔を出す。
「しっ! 大きい声を出すな! ヤツラに気付かれるだけだろうが!」
若い男は口元に人差し指を当て、怒りながら友康に言ってきた。
「……す、すいません」
あまりの勢いに、友康は少しションボリして謝った。
「で、何の用だ?」
若い男は少しイラついたように尋ねる。
「僕を中に入れて貰えないでしょうか?」
友康は消え入りそうな声でそう尋ねた。
若い男は、胡散臭いものを見るような目つきで、友康に逆に尋ねてきた。
「……お前は何か武器は持っているのか?」
一瞬ラバーカップ……と、思ったが笑いを取ってしまいそうなので辞めた。
他に包丁と思ったが、この男の言ってる武器とは、猟銃や拳銃の事であるのは明白だ。
そんなものは手に入るチャンスすら無かった。
恐らく不死者となった警官が居るだろうが、不死者を遠くで見かけたら、回り道をして避けて居たので、奪取する機会がなかったのだ。
「……いいえ」
仕方なしに友康は答えた。
若い男は、使い物にならないのが来たなと思い始めていた。
「じゃあ、お前は格闘技が得意なのか?」
それは友康のもっとも不得意な分野だ。
ここまでは、幸運だけを頼りに生き延びて来たのだ。
「……いいえ」
これは入れて貰えないのかも知れないと思い始めた。
若い男は段々めんどくさくなって来ているのか、質問が荒くなって来てる。
「じゃあ、お前は食糧を持っているのか?」
無人のスーパーでかき集めた、リュックに入っている猫缶を思い出した。
彼らは受け入れる為の対価を要求していると考えた。
”これでも、食べられない事も無いしな……”と、思い返事をした。
「ええ、少しですけども……」
猫缶で大丈夫だろうかと思ったのだが、他に差し出すものが無い以上仕方がない。
ひょっとしたら、猫缶が好きなのかも知れないしと考えた。
「ちょっと見せてみろ。」
友康はリュックから、数少ない缶詰めを出して見せた。
若い男は、その缶詰をしげしげと眺めて、小さく舌打ちをし、そして意外な事を言い出した。
「よし! 判った。では、それを置いてサッサと立ち去れ」
「……え?」
思ってもみない返事に、友康は戸惑ってしまった。
若い男はイライラしながら、友康に言い放った。
「その缶詰めを置いて、どっかへ消えちまえと言ってるだろが!」
「……えっ? えっ?」
益々混乱している友康に、若い男に今度は猟銃を向けられた。
「武器も持たない、戦えないもしない奴に、こちとら用は無いんだよ」
男はニヤニヤしながら、友康に猟銃を向けている。
猫缶でも食えない事は無いと、この男は考えたのだろう。
「缶詰めは俺達が喰っておいてやる。命は助けてやるから有難く思え」
気が付くと、他にも何人かの男たちが、顔を出して一緒になってニヤついている。
商店の2階部分に居た人は、こちらを見て見ないふりしていた。
学校で虐めを受けていた時と一緒だ。
自分を虐めてくるクラスメートと、知らぬ振りをするクラスメート、我関せずの先生たち。
結局、友康は不登校になり、引き籠りになってしまったのだ。
さっさと行けとばかりに、シッシと手を振る男達。
友康は僅かな食料を置いて、ゆっくりと後ずさり、ある程度の距離になるとくるりと回って走りだした。
後ろから男達の笑い声が聞こえる中、友康は走りながら涙を流していた。
そう、人の世の無常を感じていたのだ、世の中は激しく変化してるのに、自分は何も変わらず惨めなままだったのだ。
そして余りに迂闊な、自分の行動を恨めしく思っていた、世の中善人ばかりでは無い判っていたはずなのに、と。
そんな後悔をしながら走って、路地を曲がった時に、出合い頭に不死者にぶつかってしまった。
相手がトーストを咥えた女子高生だったら、初恋フラグが立つのだろうが、腐敗した肉を咥えた不死者なら、立つフラグは”死”だ。
「ぐぅあああああ!」
ぶつかった不死者が一際大きく吠える、それに釣られて他の不死者たちも、友康の存在に気が付いてしまった。
「ご、ごめんなさーい!」
いきなりの事に、友康も大声を出して謝ってしまった。
そしてくるりと回れ右をして、そこから駆け出し、他の通りに出ようとした。
しかし、咆哮に気が付いた他の不死者たちが、路地や商店などから次々と出て来て、友康の進路を塞いでいく。
こんなにも大人数では戦いようが無い、ひたすら走って逃げるのみだ。
逃げ道を失った友康は、先程のアーケード商店街に向かって走り出した。
「のああああ!」
必死になって、走っている友康を見て、バリケードの男たちは最初指差してわらっていた。
だが友康の後ろから、大量の不死者たちの群れが、追いかけて来ているのを見て慌てだした。
「あっちいけ!」
男たちは必死で此方に来るなと手で合図している。
「ば、馬鹿野郎! こっちにくるんじゃねぇよ!」
バリケードの若い男は、手にした猟銃を不用意に構えた。
つい先程、友康のなけなしの食料を強奪した若い男だ。
それを見た友康は、走ったまま思わず路地の角を曲がった。
”ドン!”
安全処理をしていなかった猟銃は、暴発してしまい、通り中に響き渡る音を出してしまった。
不死者たちは一瞬でピタッと止まる。
友康も一緒になって止まってしまった、まるで”だるまさんが転んだ”をやっているようだった。
だが不死者たちは、より大きい暴発音のした方に、一斉に向きを変え突進して行き始めた。
「し、し、し、しまった!」
バリケードの上の若い男は、不死者たちの群れが此方に来るに及んで、自分のしでかした不始末に狼狽している。
なぜなら友康の靴音より、銃声の方の音が大きく、不死者たちの注意を引きつけるからだ。
一斉にうなり声を上げながら、バリケードに突進する不死者たちの群れ。
それを横目に、そろりそろりと友康は歩き出し、やがて距離を取ると走り出した。
アーケードの方からは、多数の銃声と怒号と悲鳴が上がっている。
数百体以上の不死者たちだ、あの程度のバリケードでは、きっと持ちこたえられないだろう。
あの若い男は、猫缶2,3個と自分たちの命を交換したのだ。
寸での所で助かった友康は、後ろは振り返らずに通りを駆け抜けて行った。